既に大きく報道されておりますように、昨日1月3日、米国のバイデン大統領は、日本製鉄によるUSスチールの買収提案の実施を禁止し、30日以内に完全かつ永久に提案を放棄するために必要な措置をとるべきことを内容とする命令を発出しました。松本いずみは、経済産業省時代に通商政策を長年担当していたほか、弁護士としても、米国の対内直接投資審査制度(CFIUS:シフィウス)に係るアドバイスを行っておりましたので、この問題については、日本の中で最も詳しい者の一人だと自負しています。そこで、今回は本問題を受けた私の所感を簡単に述べてみたいと思います。
まず、何よりも、日本製鉄や日本政府を始めとする関係者の方々のこれまでのご苦労は察するに余りあるものがあり、関係者の皆様の多大なご努力に深く敬意を表したいと思います。既に多くの方が述べていらっしゃるように、私も今回のバイデン大統領の判断は、日本を始めとする同盟国、そして何よりも米国自身の国益を最も損なうものであり、適切なものではなかったと考えています。
その上で、私は、本件の中止命令にはいくつかの留意点があると考えています。第一に、本件は米国内の既存の会社への投資に関する判断であって、米国に対する新規の投資(いわゆる「グリーンフィールド投資」)に直接の影響を及ぼすものではない、という点です。したがって、新たに米国に投資をして工場を新設することまでも妨げられるものではありません(ただし、軍関連施設や空港・港湾などの近隣への不動産投資はCFIUSの審査対象とされているため、間接的に影響が及ぶ可能性があります)。
第二に、米国内の既存の会社・設備の買収についても、果たしてどこまで影響があるかについては、今後よく検討していく必要があります。本件は、あくまで鉄鋼産業という米国における基幹産業に対する投資であった上、「USスチール」という、米国人の感情を掻き立てる名門企業の買収であったという特殊性に留意する必要があります。そのため、日本企業による将来の様々な米国企業の買収が根こそぎ阻止されるとは限りませんし、私はむしろ、これまで通り認められる案件の方が多いだろうと考えています。ただし、以前よりは審査に時間がかかったり、求められる資料が多くなったりする可能性はあると思います。
第三に、本件判断の根底には、米国の「不安」があるという点です。90年代から2000年代前半のように米国が唯一の超大国であった時代には、米国にはもっと余裕がありましたし、同盟国からの投資により寛容であったように感じています。ところが現在の米国は、国外では中国に経済力で迫られつつあり、また国内では政治的に大きな分断を抱えている。自分たちの将来は果たして大丈夫なのだろうかという米国の不安は、しばらくの間は解消されることがないでしょうし、我々は米国の根底にあるそうした不安をよく理解した上で、日本が信頼できる同盟国であるということを改めて示していく必要があると思います。
皆様もよくご存じの通り、今月20日には第二次トランプ政権が発足します。日本はどこまで行っても、米国との同盟関係を基軸にして外交政策を組み立てていく以外に道はありません。そして、第二次トランプ政権としっかり対話をして日本の主張を伝え、日米同盟を維持・強化していくという重い仕事は、やはり、第一次トランプ政権と世界の中でも最もうまく対話をしていた自民党・公明党の連立政権以外にはできないと考えています。第二次トランプ政権の通商政策に日本がどのように対応していくべきかについては、また別の機会に改めて述べたいと思います。